【研究の背景】
周波数変調原子間力顕微鏡(FM-AFM)をベースとする3次元フォースマップ法は、水和構造や電荷分布を直接可視化する強力な手法ではあるが、その主な計測範囲は探針が試料と部分的に接触してから非接触に至るまでの領域となる。一方、分子間相互作用力検出のためには、相互作用が強くはたらく領域(特異結合領域)での測定が必要となるが、その有効作用時間は極めて短く、検出確率が著しく低くなることから、測定法の本質的な改善が求められていた。  本研究課題では、高感度・高分解能FM-AFMを動作基盤とする3次元フォースマップ技術をさらに高度化し、AFM探針の精密運動制御法を新たに開発するとともに、応答信号の実時間運動解析を取り入れることで、複雑な立体構造をもつ生体分子に対しても安定なフォースマップ測定を実現する。これにより、生体分子の極近傍領域の水和構造力・電荷密度・揺らぎ分布の可視化、さらには単一分子レベルでの生体分子間認識・相互作用計測を可能とし(図1参照)、固液界面物性という物理的視点に立脚した、新たな分子機能イメージング法を確立するとともに、細胞生理機能における微視的役割を解明する。

本研究では、これまで研究代表者らにより開発された、高分解能周波数変調(FM)AFM技術、および液中環境など多環境において動作する、近接位置決め可能なデュアルプローブAFM 技術に基づき、機能情報と構造情報を分子レベルで明確に識別し、生体膜上のさまざまな機能性分子の機能・構造を分子スケールで可視化する、新たな分子機能イメージング法を確立し、これら生体分子の細胞生理機能における微視的役割を解明することを目的とする。さらに、この高分解能可視化法に適した、分子機能計測探針および生体分子刺激探針の作製法を確立する。また、一般的なナノ機能構造体の機能・物性の分子スケール可視化への応用も目指す。


【研究の方法】
(1) 3次元フォースマップ法の高度化  本研究で新たに開発を目指すフォースマップ法では、探針が試料の表面近傍領域に滞在する時間を制御し、この相互作用時間を測定パラメータとして変化させることで、特異結合力の応答時間・空間マップを取得し、測定対象分子の空間分布およびその結合定数を求める。一方、FM-AFMが与えうる相互作用力測定への影響を排除するため、探針振動の極微小振幅化を図り、熱雑音励振による探針–カンチレバーの周波数特性変化の解析も進める。 (2) 生体分子間認識・相互作用の可視化  抗体分子の特異結合:IgG抗体分子の多量体形成の抗体種依存性および形成機構を明らかにするとともに、抗原結合過程の詳細を解析する。また、抗がん剤に応用される、光応答性分子をもつIgG1の光照射による活性化機構を分子レベルで解明する。  DNA-タンパク質複合体:真核生物DNAの複製開始地点決定の際に形成されるDNA-タンパク質複合体を可視化し、一連の複製初期過程を明らかにする。 (3) 生体分子周囲の水和構造可視化  複雑な立体構造をもつ生体分子の極近傍における3次元水和殻可視化を精密な探針制御により実現し、イオンチャネルや各種タンパク質分子系の水和構造と生体機能の関係を明らかにする。
【期待される成果と意義】
本研究は、生体膜上での多様な生機能を分子レベルで直接解明しようとするものであり、最先端の分子医療の確立に大きく寄与すると期待される。また工学的にも、生体適合性材料やバイオセンサーなどのバイオマテリアル開発に直接応用されうることから、産業的・社会的にその重要性・波及効果は大きく、極めて意義深い。